喫茶店やカフェなどで、どう考えても、酸っぱくて、色も薄めのコーヒーが出てきて、あまりおいしいと思えなくても、マスターにとっては高級豆を独自のブレンドで配合した自信作だったりするので、「不味い」と言おうものなら、「この味がわからないのか!」とばかりに、上から目線でコーヒーのうんちくをお客に語って納得させる。こうした姿勢は商売として最悪です。

料理代行サービスを提供するならば、こういうカフェマスターを反面教師にして、自分が作りたい何かではなく、お客様が希望する味を追求することに腐心するほうが正しいあり方ではないでしょうか。

勿論、得意料理や、十八番を持つことはとても良いことで、私は煮込み料理なら誰にも負けない秘伝のレシピがあるとか、卵料理のレパートリーならホテル仕込のプロの味を作れるとか、牛肉だったらオリジナルのステーキソースで最高に美味しいステーキを堪能してもらえるとか、そうしたスキルを持っているということは、とても素晴らしいことです。

ですが、その技に溺れることなく、お客様が求めている味、お客様がおいしいと言ってくださるレシピ、喜んでただける献立をどうしたら提供できるようになるだろう?そういう視点を持ってもらいたいのです。それが売れっ子になる一番の秘訣です。

逆に言えば「どんなもの作りましょうか?」とお客様に相談した時、「○○が好きなので是非作ってください。」とか「この前食べたあれをまたお願いします」というレパートリーを多く持っている料理人が強いのです。

考えてもみれば、食事をするときに、たくさんの選択肢があるということは、それだけ豊かであるということにほかならず、人間はずっとこの豊かさをもとめる生き物なので、これからも、どんどん料理代行の際に求められるレシピも多様化し、ニーズも細分化していくはずです。その流れについて行けるようにする意気込みが大事ではないかとも思います。

こう言うと矛盾するかもしれませんが、自分の作る料理はうまいと思ってはいけません。それこそが「あやまち」の始まりです。なぜなら、自分の作る料理はうまいと思ってしまったら、「不味いと思うのはお客が悪い。」「自分が指名されないのは景気が悪い。」と考えるしかなくなってしまうからです。

協会のこれからをいろいろと思案するために、スタッフと一緒に、料理業界の巨匠の書いた書籍をたくさん読んでいるのですが、その中の1冊に、サイゼリア会長の正垣泰彦氏の著書「おいしいから売れるのではない。売れているのがおいしい料理だ」に感銘しました。書籍には、日の前の現実を謙虚に受け入れて、本当にお客様が満足されることは何かを見極めようという想いが様々な場面で散りばめられているのです。

協会のポリシーや運営スタンスにこうしたことを取り入れていくことで、協会の活動が社会に貢献できて、家庭で料理代行を必要としている人や、腕一本で料理代行で稼いでいきたいという料理人に、協会の活動が少しでも役立っていければと嬉しいですね。

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here